世界から色が消えた夜。
劉妃は、音のない闇の中に一人立っていた。

左の世界では、彼女は影のように手を伸ばす。
指先は誰にも届かず、輪郭だけが白と黒の狭間に浮かび上がる。
呼びかける声も、瞳に宿る感情も、すべてが無音のまま吸い込まれていった。

中央の世界では、彼女は俯く。
胸を打つ何かの衝動を押さえるように、ゆっくりと。
笑顔の記憶も、怒りの名残も、ここではただの濃淡でしかない。
「……私は、何色だったの？」
問いは答えを持たず、影の奥へと沈んでいく。

そして、右の世界。
唐突に、色が戻る。

闇に差し込む鮮やかな光が、劉妃の髪を、瞳を、衣を塗り替えていく。
けれど、それは“見覚えのない色”だった。
懐かしさと違和感が、胸の奥で同時に鳴る。

「戻った……はずなのに、違う」

彼女は自分の手のひらを見つめる。
そこには確かに色がある。
だが、その色は、彼女が知っている“自分”のそれではなかった。

――それでも、消えたままではない。

劉妃は、ゆっくりと顔を上げる。
モノクロの夜を抜け、違う色の朝を迎えたとしても、
歩みを止める理由にはならないと、彼女はもう知っている。

色は変わる。
けれど、心まで塗り替えられるわけじゃない。

この夜が夢でも、幻でも構わない。
違う色であっても、確かに“生きている”と感じられるなら。

劉妃は、まだ名もない色の中へと踏み出した。