キッチンから聞こえるトントンという包丁の音が、
澪のまぶたの裏をくすぐるように響いた。

「……ん、朝か。」

ゆっくりと身体を起こすと、カーテンの隙間からこぼれる光が白い髪を柔らかく照らす。
片方だけクシャッとなったソックスを手に取り、片膝を抱えたままゆっくり通していく。

リビングから、お母さんの声。

「澪ー？ 起きてる？ お弁当できたよー！」

「起きてるー……今行くー。」

まだ眠気が残る声で返事をして、制服のスカートを整えながら廊下へ出る。

ダイニングには、朝食の香り。
卵焼き、味噌汁、そして焼きたてのトースト。
どこか“うちの朝”の匂いがして、澪の胸がふっとほぐれる。

「おはよ、澪。」
新聞を読みながらお父さんが顔を上げる。

「おはよう、お父さん。」

お母さんは忙しそうにキッチンからお弁当を持ってきて、澪の前にそっと置いた。

「今日はちょっと冷えるみたいだから、上着忘れないでね。」

「うん、ありがとう。」

澪はトーストをかじりながら、スマホで時間と天気を確認する。
ふと視線を上げると、家族がそれぞれの“朝”を過ごしている光景が見えて、それがなぜか安心に変わる。

食べ終えると、鞄の紐を肩にかけて玄関へ。

靴を履いていると、後ろから足音。

「澪、行ってらっしゃい。」
お母さんが澪の髪をそっと撫でる。

「うん、いってきます。」

玄関の扉を開けると、マンション特有の少しひんやりとした朝の空気が澪を包んだ。

――今日も、ちゃんと始まるんだ。

その感覚を胸に、澪は学校へと歩き出した。