「華音ちゃん！お願いがある！」
また始まった。楽屋のドアを勢いよく開けたマネージャーが、汗をぬぐいながら土下座ポーズに突入する。

「……嫌な予感しかしませんけど」
「いやいや！簡単だから！今、Tik○Tokで流行ってるこのダンス、ステージでやってほしいんだ！」
差し出されたスマホの画面には、あり得ない速さで腰と手を同時に動かす謎のステップ。

「簡単……？　これ、一回転んだら骨折コースですよね」
「大丈夫大丈夫！ファンが喜ぶから！」
彼の必死な顔に、ため息をつきつつも首を縦に振ってしまう私。

——本番直前、舞台袖。
（よし、笑顔で誤魔化せば……なんとかなるはず！）
ライトに照らされ、スポットが私を包む。会場からの「かのんちゃーん！」の声援に、胸が高鳴る。

歌の途中、例の即興ダンスのパートがやってきた。
「さあ……いくしかない！」
頭の中でスマホ動画を必死に再生しつつ、見様見真似でステップを踏む。すると——。

「あれ？意外と……できてる！？」
アドリブでスカートをひらりと翻し、ターンを加えてみる。客席からは大きな歓声！拍手！スマホのフラッシュ！

「やっぱりアイドルは笑顔が命！」
自分でも驚くほど自然に笑えていた。練習ゼロのダンスなのに、会場は熱気でいっぱいになっている。

ステージを終え、汗だくで戻ると——。
「華音ちゃん！完璧だったよ！まさかあんなにウケるとは！」
「……マネージャー、もうちょっと前もって言ってください」
「いや〜だって直前のスリルが、華音ちゃんの才能を引き出すんだよ！」
「スリルって遊園地じゃないんですから！」

結局また振り回された。でも、不思議と悪い気はしない。
だってあの瞬間、観客と私が同じリズムで笑顔になれたのだから。