港の小さなカフェ。焼きたてのパンが割れる音、マグから立つ湯気。
エリーゼ・クロスヴェイルは外套を椅子にかけ、足どりも気分も軽くなる。

(焼きたてパンに。濃いコーヒー――今日はゆっくり……)

――そのとき、扉が鳴り、子分が駆け込んだ。彼女の視線が一瞬で“船長”に戻る。

「船長！ 風向き北西、強まってます！ 湾口に白波！」

「席を立て。甘い時間は終わりだ
前の帆を一段上げろ。後ろの帆は強めに張れ。錨を揚げろ。舵は風上へ少し切れ
三分で離岸。パンは包んで走れ。遅れた者は置いていく」


『十字の外套航記 I ― パンと号令』