十三日の金曜日──保健室のカレンダーになぜか刻まれた赤い数字を見た瞬間、天音梨花は何とも言えない寒気を覚えた。
　とはいえ、保健室には誰もいない。授業が終わり、束の間の静寂。いつもなら温かな陽だまりが差し込む窓辺も、今日は薄曇りに霞んでいる。

　「……変ですね。気圧のせい……ですかね？」

　そう呟いた梨花の背後から、かすかな衣擦れの音がした。振り返ると、そこにいたのは──

　「ごきげんよう、先生」

　月詠瑠那がいつのまに入ってきたのか分からないほど、音も気配もなかった。

　「ねえ先生、どうして“十三日の金曜日”が不吉だと言われているのか……ご存じかしら？」

　その問いに、梨花は少し戸惑う。教科書には載っていない、でもどこかで聞いたような話。

　「え、えっと……キリストが処刑されたのが金曜日で、その前夜の“最後の晩餐”に十三人いたから……とか……そういう、宗教的な……由来だったような……で、ですねっ」

　「ふふ。そう、よく勉強なさってる。でも……それだけじゃ足りないわ」

　瑠那の声は、まるで深い井戸の底から響いてくるように低く、冷たい。

　「十三という数字はね、“完成”の十二を超えた“逸脱”の象徴なの。自然の秩序を乱す、余分なもの。月が満ち欠けを繰り返すように、暦も命も、すべては調和の上に成り立っている……でも、“十三”はその輪の外にある」

　梨花は息を飲む。窓の外にはいつのまにか霧が立ち込め、校舎がぼやけている。

　「じゅ、十三って……そんなに不吉な……」

　「ええ。たとえばこの学園──創立以来、十二人の“選ばれた生徒”が代々、裏の礼拝堂で祈りを捧げてきたの。でも、ある年だけ“十三人目”がいたのよ」

　「……だ、誰ですか？　その十三人目って……」

　「……さあ、誰かしら」

　瑠那は微笑んでいるのだが、目は無垢で無表情。それがかえって不気味だった。

　瑠那は立ち上がり、白い指先で梨花の胸元のカーディガンをそっと直す。

　「先生は“十三人目”にならないよう、お気をつけあそばせ──」

　瞬きをした時には、姿はもうなかった。
　カレンダーの“13”だけが、まるで血のようにじわりと滲んでいた。